働くこと、時々、生きていくことを考える。

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【追悼】日野原重明さん。生涯現役の条件を考える。

   ■目次■

 

【仕事のお悩み】生涯現役の仕事

生涯現役で仕事するって大変ですか? 

 

【医者】 日野原重明写真引用:Amazon CAPTCHA

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日野原重明生涯現役(105歳で逝く)

 

先日お亡くなりになった 医師 日野原重明先生。90歳を過ぎても現役、100歳を過ぎても現役、これぞ『Mr.生涯現役』の称号に相応しい方だったと思います。今では一般的に使われている『生活習慣病』という用語も日野原先生が、提唱して広め、予防医療に人生をかけた医師だったようです。

 

しかも、すごいの歴史的な大事件の証人だったとは。

日野原重明先生の人生観を変えた事件】

①1970年におきた『よど号ハイジャック事件

当時58歳の日野原先生は、偶然乗り合わせた飛行機で、事件に巻き込まれ人質として4日間監禁されました。

「僕はここで一つの麦になって死ぬかもわからない。それでもそこから大きな麦が実を結ぶなら、僕の死も無駄じゃないって気持ちになってね」事件以降「命を人のために使おう」と決意したそうです。そこから終末医療、予防医療の分野を日本全国に広める活動をされるのです。

 

②1995年におきた『地下鉄サリン事件

6300人もの死傷者をだしたオウム真理教の大規模テロ『地下鉄サリン事件』では、聖路加国際病院が大勢の患者をいち早く受け入れました。当時、聖路加国際病院院長をされていたのが日野原先生。日野原先生の指示で病院内どこでも救急処置が出来るように設計され、多くの人命を救出することができました。

 

生涯現役を貫いた医師 日野原重明先生が、2017年7月18日にお亡くなりになりました。90歳をこえても、執筆活動、講演活動、医師として活動しつづけ、105歳の生涯をとじました。ご冥福をお祈りいたします。

 

【花子の小言】生涯現役の条件を日野原重明さんから考える。

 
転職マニア花子です。「私も生涯現役でいたい!」こんな思いが強いものの、実際どういう日々を過ごせばいいのか、思いあぐねる花子です。

 

【私が思う生涯現役でいるための条件】

①自分の体調管理

当たり前じゃん。と、思われるのですが、この当たり前が意外に難しいのです。私はドラッグストアで働いていますが、私の会社には定年はありません。体力勝負の仕事ですから、腰や手首、頚椎、膝を痛めてしまう方が多く、体力の限界で60歳前にリタイアされる方も多くいらっしゃいます。

野球のイチロー選手のように、長い選手人生を全うするためには「故障しない体作り」が最重要なんです。よって生涯現役も同様でしょう。簡単なようでこれが難しい。

 

その外にも内臓系を悪くさせたら、命を脅かす事態になりますので、もう働いている場合ではなくなってしまうのです。だからこそ日野原重明先生が提唱する生活習慣病にも気をつけなければなりません。

 

 

②働くことを決意すること。生涯現役で。

日野原重明先生は、58歳のよど号事件で助かった時に、その後の人生は「命は人のために使おう」と決意され、亡くなられる105歳までの半世紀以上を医療に捧げました。

渋沢栄一さんの名言

「40、50は鼻垂れ小僧、
 60、70は働き盛り、
 90になって迎えが来たら、
 100まで待てと追い返せ。」
粋な、いい言葉ですよね。

 

普通の人は、「60歳からの老後をどう生きよう」と考えるところなのでしょうが、100歳まで残り40年以上も生きられるのであれば、自分の意思を持って、生きていいかなければもったいない気がするのです。 

いのちの使いかた

いのちの使いかた

 

 

③求められる人になる。生涯現役で。

60歳すぎてから働きたい意思がこちらにあっても、必要としてくれる人がいなければ働けないのです。私の住む田舎では、ホワイトカラー(事務一般職)の60歳以上の仕事はほぼありません。若い子の方が覚えがいいし、使いやすいからかな。だいたい60歳で定年、再雇用なしです。

 

案外、工場の職人だったり、サービス業だったり人手不足や後継者不足の業界の方が、高齢者でも引く手あまたです。

 

なかなか年老いても会社や社会に求められるって・・・難しいです。

 

~過去記事:70歳でも収入を得る仕事~

 

最後に質問主さん。

生涯現役で健康にいることも、なかなか大変です。もっと大変なのは生涯現役で仕事をしつづけること。

 

例えて言うのであれば、普通のサッカー選手が20代後半から30代にかけて引退するなか、キングカズこと三浦知良選手のように、50歳過ぎてもいまだ現役選手でいるようなもの。

 

簡単に「努力」って言葉では片付けられないくらいの半端じゃない努力と意思がないと生涯現役って難しいのでしょうね。でも、私は生涯現役で仕事がしたいと本気で思っています。

 

芸能人

 

 

中村玉緒:お金に恵まれてないんですけど、人に恵まれてます。

   ■目次■

 

【転職・起業のお悩み】あなたのターニングポイントを教えてください。

起業・転職などビジネスで成功した方、みなさんのターニングポイントを教えていただけないでしょうか?
もちろん努力あっての成功だとは思いますが、何かキッカケはありましたか?
よろしくお願いします。

あなたのターニングポイントは? - 会社設立・起業・開業 解決済 | 教えて!goo

 

【女優】中村玉緒『サワコの朝』 - music.jpニュース

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中村玉緒】お金に恵まれていないんですけど、人に恵まれています。

 

ドスの聞いた笑い声と愛嬌のあるかわいらしさとのギャップで、世代を問わず愛される中村玉緒さんが、2017年5月27日『さわ子の朝』に出演した様子をご紹介します。

 

父は二代目中村鴈治郎、兄は四代目坂田藤十郎という歌舞伎一家に生まれた正真正銘のお嬢様、中村玉緒

1953年、14歳の時に松竹映画『景子と雪江』でデビューした後、叔父である長谷川一夫の紹介で、大映と専属契約を結んだ。

 

半世紀以上、活躍し続けてきた玉緒が、兄と慕っていた市川雷蔵との秘話から、「今でもセリフまで覚えている」という夫・勝新太郎と共演した映画の思い出まで、秘蔵エピソードを交えて振り返る。

 

 

テレビの番組でたまたま明石屋さんまさんと共演した時、「おもしろいわー。」と、しだいに玉緒さんと明石屋さんまさんの絡みが人気になりました。

 

そこからとんとん拍子で『からくりTV』にもレギュラーで出るようになりました。

晩年、癌で病に伏していた旦那の勝新太郎さんは、テレビで玉緒さんの姿を見るのがなによりの楽しみだったそうです。

 

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勝新太郎さんとの運命的な出会い、さんまさんとのテレビ共演。

私生活ではいろいろ苦労された中村玉緒さんですが、苦悩を『辛さ』と、とらえない前向さが、これらの出会いを引き寄せたのでしょうね。

 

【ひとこと言わせて】分岐点で自分で即決派?人に影響される派?

 
転職マニア花子です。

 

中村玉緒さんのように・・・「人に恵まれて・・・。」と、いいお話ができればいいのですが、私自身そんなに友達が多くない『いわゆるリア充不足人間』なので、そんな視点でターニングポイントを考えてみようとおもいます。

 

職を転々としたワケ。

花子は職を転々としながら、掛け持ちで仕事することをライフワークにしています。建前では「60歳すぎも働きたいから、いろんな経験をするためにさ。」なんて、言ってます。しかし実際、職を転々とした理由は、私の『転職先選びの眼力不足』が大きいです。

 
①就職してみたら、ブラック企業だった。


②転職試験に3社落ち、とりあえず期間雇用者になった。(2011年東日本大震災後の緊急雇用創造事業の一環で3年程度)

 

③人を助ける仕事をしたくてNPO震災復興支援員になったら、国の補助金が大幅減額され人員の削減を余儀なくされ、退職することになった。


④急いで転職先をさがし、面接翌日から出勤要請されたが・・・・。就職してみたら預託法違反の反社会的企業だった。1週間で退職届をだして、1ヶ月で退職。


⑤半年間の失業保険生活(職業訓練所通い)。そんな中、登録販売者の試験に合格。

 

⑥薬のアドバイザー見習いとして、ドラックストアー夜勤専属スタッフで勤務。

 

ターニングポイントを考えるにも、やむにやまれぬ事情で転職しまくっているので、分岐点らしきものがみあたらないのです。私には即決、即行動しかなかったのです。

 

しいて言うならば、職を転々としていた時に、ブラック企業時代の同僚に街でバッタリあって「今、なんの仕事してんの?もし、いろいろやって無理だったら、戻ってきたらいいのに。うちの会社に。人がいなくて、忙しいんだよね。」と言われたこと。

 

「絶対、落ちぶれたって言われたくない。」。。そんな根性論で国家試験を突破して、今の仕事につきました。今では『のんびり午前中生活』を手に入れています。

 

不労所得をめざして。

本当は、花子は働かなくて、お金が入ってくる悠々自適ライフに憧れて、ブログを書き始めて、みましたが、先月、Googleアドセンスに落ちたのがショックで、筆が止まってしまいました。

 

ターニングポイントとか悩む前に、即決行動をしてしまうのですが、続けるってことの難しさを改めて実感しています。

 

「重要なのは分岐点で悩むことではない!」選んだ道を突き進んで、自分の足跡を確実に残すため、日々の努力が大切なんじゃないのか。。。と思い、自分をせめる花子でした。

 

芸能人