働くこと、時々、自律神経のことを考える。

転職マニア&Tポイント収集家。著者はADHD発症中の登録販売者です。働くこと、薬と健康のこと、雑記もあります。

あと5年でわたしが癌を発症したら、我が家はどうなるか。

アラフィフ世代の花子(a10hon51)です。

 

本日、8月1日は、お墓参りです。お盆には少し早いですが、これは我が家だけの風習です。

 

朝一番で、さっそくお墓参りをすませてきました。

 

突然ですが…。わたしの実母は、53歳で肺がんを発症しました。そこから、放射線治療をし退院、再発、入院と…繰り返し、3年後に亡くなりました。

 

当時、「若かったから癌の進行が早かったね。残念だったね」と多くの人が母の死を慈しんでくれました。

 

まだまだ遠い先のことだと思っていた

『母の50代でのガン発病』について…わたしも40代の後半戦に入り、他人事ではなくなってきました。

 

ですので、あと5年で癌を発症してしまったら…。という想定をしてみたいと思います。

 

5年先のお金のこと

私にはあまり、計画性というものがありません。思いつきで、ガムシャラに突き進むタイプです。

 

そんな私の性格上の危険性を察知して、家計の実権を私は握っていません。

 

私は働いたお金をほぼ家に入れて、お小遣い性で生活しています。

 

みんなにビックリされますけど、計算に弱く衝動的な人間が家計を握るより、計画性をもってお金を分配してくれる方が、安心だし、精神的に苦しくないと思います。

 

家計のお金は、旦那さんと義母さんが、うまく運用してくれているので、詳細は理解していません。

 

きっと、5年後、私が癌を発病しても、すごーくお金のやりくりに困るわけではないと思います。

 

現在のところ、我が家計は無借金生活をしています。貯蓄は激薄ですが。

 

子ども進学費や奨学金、持ち家だけど家のローンや修繕費、車の借金もありません。(ただ、私個人的には隠し借金を持っていますけど。)

 

子ども3人中、2人は社会人。

2人とも希望の企業に入社し、まわりの方々によくしてもらっています。有り難いです。

 

しかも、仕事がとても楽しいらしく、上の子2人は5年以内に会社を辞めることは、ほぼないと思います。

 

5年後、末の中2の息子が、高校3年になります。いまのところ実業高校への進学を希望しているので、大学進学はないと思います。

 

もしあっても、自動車整備士の資格取得のために、地元の職業訓練校に通学することはあるかもしれません。公立訓練校なので年間20万円くらいかな。なんとか、工面できるかな。

 

そう考えると、貯金もないけど、借金もない。こんな感じで、5年後も我が家計は、回っている気がします。

 

5年後発病したら。

5年後、もし私が癌を発病したら…。家の中のことはどうなるのか。

 

そう言っても、わたしは夜勤専属のドラックストアー店員として働いていますので、夜の団欒に私はいません。

 

ご飯の準備はしていきますが。だんなは料理が得意なので、食べるものには困らないと思います。

 

掃除は、旦那も、息子も職人なので、自分に必要なものに関しては片づけます。逆にわたしが片付け下手で、注意されるくらいです。

 

洗濯ものが一番ネックかもしれません。今は文明の利器で乾燥機つき洗濯機もありますから、そんなに心配すること、ないのかもしれません。

 

以前、一週間出張とか、家を留守にする仕事だったこともあり、私がいなくても、彼等は普通の日常を送れます。

 

そう考えると、私がいなくても、みんなが生活できなくなるようなことは、なさそうです。

 

わたしが病気を発症したら、大変かもしれませんが、明日の食べるもの、着るものに困るような状況にはなっていないようです。

 

さいごに。

以前、NPO法人で貧困家庭の支援スタッフをしていたことがあります。今、各地で根付きつつある『子ども食堂』の運営アシスタントもしていました。

 

私が関わった子ども食堂は、

貧困家庭の子どもに食事を提供するのが本来目的ではなくて、

 

親が病気で食事を作れない時、最悪、ネグレクトのとき、自分で食事をつくる力、生きる力(頼る人をみつける力、助けを呼ぶ力)をつけることを『子ども食堂』の目的としていました。

 

この経験は、私の心を形成するのに、すごく貴重な経験となりました。

 

そう考えると…。

 

わたしが5年後に癌を発病してしまったら、私がいなくても、家計も家事も回るようにしておく…。これが、私の務めだと思います。

 

わたしの母ですが、53歳で癌を発病し、56歳で人生の幕を閉じました。

 

しかし、わたし達兄妹3人は、皆、結婚も早かったため、総勢8人もの孫を母に見せてから、この世を去ることが出来ました。そう考えると、母は幸せ者だったと思うのです。

 

とりとめのない話ですが、今日はこれで終わります。

 

さいごまで、読んでいただきましてありがとうございます。

(*^▽^*)

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